幻想的な雲に浮かぶマチュピチュの全景

ペルー放浪記(8/30更新)

著者近影 マチュピチュ「水の神殿」にて

マチュピチュ写真集

その一 観光自粛

先日、近畿日本ツーリスト主催のペルーツアーに行ってきたのだが、書いておきたいことがあるので
ここでひとこと。

現在ペルーのリマ市内は観光自粛となっている。
それは、例の事件があったからである。
しかし、実際にペルー観光をして聞いた話では、リマ市内は治安は悪いものの観光自粛するほどでは、
ないという。
いや、ツアーによっては日本大使館までいき写真をとっただの、トンネルを見せてもらったとかいう
話も聞いた。
そんなものがみたいわけではないが、せめて有名な黄金博物館や天野博物館くらいは見ておきかった
ものだ。

実際に、他のツアー客は、団体で黄金博物館など見学していると聞いた。
観光自粛というのは、どうも日本政府のお達しらい。
なぜ日本政府は、いつも余計なことしてくれる。

大手のツアー会社では、このため、リマ市内での宿泊、観光を自粛している。
それで、今回のツアーは、かなり無理な宿泊スケジュールとなった。
結局リマの空港を利用するが、宿泊するのはナスカやアレキバなので、リマで宿泊すれば
いいものをわざわざ飛行機で移動して泊まることになった。

また最終日リマでほぼ1日時間が空いたに関わらず、空港での待機となり、非常につまらない
日程をこなした。

しかし、同日程のJTBのツアーの人たちは、リマ市内に宿泊し、且つ、リマ観光をした
というのである。
これは、JTBのツアー客に直接聞いたので確かである。
JTBにも同様の観光自粛のお達しがでているはずなので、これはおかしな話である。


われわれのツアーでは、空港待機になったあげく、市内観光は絶対にしないように念をおされたが、
こともあろうにJTBのツアーでは、リマ市内に宿泊した挙げ句、市内観光を許しているのである。
JTBのツアーの場合には、添乗員がついていたので、観光自粛の場合、監視しているはずであるし、
ツアー客の場合、そう簡単に自分勝手に観光できるものではないので添乗員がなんらかの手はずを
整えたのは明白だ。
同じ政府のお達しがでているにも関わらずこの差はなんであるか。
ツアーの内容としては、全体的に良かったのだが、最終日のリマ空港待機だけは納得できない。

「ハミングバード」かなり薄い

その二 失われる遺跡 また、ナスカの地上絵を始めインカの遺跡には、圧倒され、不可思議なものが多くてこれまで 見た遺跡のなかでもっとも面白かった。 まさしく神々の指紋を肌で感じることができた。 どのような偉い学者の説もただの言い訳にしか感じないくらい、これらの遺跡は われわれに不思議を問いかけてくれる。 しかし、例にもれず近年の開発や歴史的経緯で破壊されたり、保存状態がよくなかったりして、 なんとも痛ましい思いも心に残った。 特に、ナスカの地上絵はここ数年でずいぶん薄くなったと聞いた。 これは、近年の異常気象の上、観光やTVや雑誌の取材などでヘリなどの低空飛行に加え、 サンドバイクなどによる無断立ち入りなどが行われ、非常に微妙なバランスで残っている 地上絵を破壊してしまったのだ。 われわれがセスナに見た際にも、かなりの上空からしか拝めず、また地上絵が近年薄くなった いることもあり、視力検査のごとく地上絵の観察をすることになった。 説明されたと絵がある位置は到底分からないし、目をこらさないとその輪郭を追うことができない。 2000年以降は、地上絵は見られないだろうと現地ではいわれている。 この遺跡は、非常に微妙なため、人の手による修復がまた難しいらしいのだ。 いわば砂漠に積もったちりや埃を取り除くことで絵が描かれているため、人が入ることでまた荒らされてしまうのだ。 このような不思議で面白い遺跡が失われていくのは、非常に残念である。 プーノのシルスタニ遺跡の神殿跡

その三 プーノにて プーノというチチカカ湖畔の町にあるシルスタニという遺跡では、神殿の跡といわれている ところがある。ここは、石が円形に並べられており、カレンダーだといわれている。 ここには、まだ新しい血の跡があった。 アンデスのインディオは、いまだに西洋医学や西洋的な考えを信じないで、時々生け贄をささげて 祈祷をするという。 ここは、遺跡ではあるが、現在もなお神殿として使われているのである。 じつは、この後、われわれは、エルニーニョによる異常気象により、20から30年ぶりという雪で、 飛行機が飛ばずにこの町で立ち往生することになる。 ここプーノは、標高4000M近いので、高山病もかなりひどく出るのだ。 長居は無用だ。 この日、飛行機が飛ばなかったので、空港では大変な騒ぎになっていた。 午後には飛ぶ予定の飛行機が、夜になっても飛ばず、深夜になっても依然飛ぶ気配なく、ずっと 飛行機の中で待たされたのだ。 今にも暴動が起きそうな雰囲気であった。 結局その日は、飛行機は飛ばず、フリアカの町に泊まることになった。 翌日も朝から雪が降り始め、飛行機はいっこうに飛ぶ気配がない。 アンデスの気流は非常に複雑で、ちょっとした気候の変化にもパイロットが慎重になるようだ。 飛行機も大変古いので、パイロットでなくても危険を感じる。 そうこうしていると、ここの空港には、なぜか、ヤギやリャマが飼われていたのだが、それが連れていかれて 一匹いなくなっている。 もしかしたら、これはと思ったら本当に雪が止み始めた。 おそるべし、アンデスの呪術。 飛行機は無事、出発し、リマへとたどりつくことができた。 リャマ君、ありがとう。 その4 インカコーラは、うまいのか? ペルーでよく見掛ける飲物に、インカコーラというものがある。 これは、名前はコーラと付くが、例の黒い飲み物の偽者ではない。 ちなみに「INKAKOLA]と書くのでColaではない。 色は、黄色をしている。これは、インカの黄金をイメージしている そうだ。 味は、どこかで飲んだ味で、人によっては懐かしく感じるかも知れない。 ニッキ水に非常に近い。コーラと名前がつく割には、炭酸がちと弱い。 これは、気圧が低いところで生産しているからだろう。 なんとかいう植物のエキスをもとにしていると聞いたが、なんだっか忘れて しまった。とくに危険な植物ではないので安心して欲しい。 ペルーの人は、好んでこのインカコーラを飲むそうだ。 コカコーラ、ペプシ、インカコーラと選択があれば、間違いなくインカコーラを 選ぶだろう。 結構癖になる味のようだ。 実際、現地のガイドさんはおいしそうに飲んでいた。 しかし、日本人の間では、意見が2つにわかれた。 はっきり、まずいという人。いや、意外とうまいという人という具合にである。 聞くところによると、日本でもインカコーラは一部のお店で手に入るようだ。 また、どこかのペルー料理の店では、インカコーラを自作したという話を聞いた。 ちなみは、私は、旅行中に3本も飲んでしまい、かつ、2本お土産に持って帰って きて、1本は友人に与え、残りの1本はペルーの余韻を味わうために自分で処理した。 ペルーにいったらぜひ飲んで欲しい。 その5 コカの葉は、うまいか? アンデスのほうへいくとどこへいっても必ずでるのが、コカ茶である。 コカの葉をお湯で煎じただけのお茶である。 味は、青臭いお茶のような感じだ。どくだみ茶や笹などをお茶に入れたものに似て いるかもしれない。 コカというとコカインの材料のあのコカである。 実際、高山病にはこのコカ茶がよくきくといわれ、がぶがぶ飲みなさいといわれる。 あまりおいしくないのでそうは飲めないが、利尿効果があるということで、 それなりに薬効があるようだ。 しかし、なにより、コカインの成分そのものが、弱った体をごまかしてくれる。 また、コカの葉そのものも、1袋1ドルで売ってくれる。 これは、そのままコカ茶の材料にしたり、または、噛んだりする。 アンデスの人たちが働きものなのは、コカの葉を噛むからである。 コカの葉は食べるともっと効くらしいが、インディオの人たちは、 絶対食べないという。どうなるかよく分かっているからだ。 インカの遺跡もこのコカの葉の効力でできたに違いない。 その6 ペルーの気圧は低いか? ペルー観光に付き物なのに高山病がある。 インカ遺跡のほとんどは、標高3000m以上のところにあるので、ほとんどの人が 少なからず高山病になる。 人によってその度合いがぜんぜん違う。1日で直ってしまう人もいれば、しばらくして から発病する人もいる。 私の場合は、ツアーが高度順応型をうたっているツアーであり、次第に高度を上げて いく日程であった。 最初アレキパに入ったときは、それほど高度は感じなかった。ここは、標高2000M くらいである。 ちょっと具合が変かなくらいであった。 それで、調子にのって腹いっぱいご飯を食べてしまった。 ついでに、アレキペーニャ(アレキパ娘)というビールとピスコサワー(ペルーの有名なカクテル) をのんでしまった。 高山病対策で絶対しては、いけないことは、満腹になることである。 これは、ナスカから移動するときにさんざんいわれたことだ。 しかし、料理がうまいので、食べてしまった。 翌日、クスコへいったん移動して、すぐウルバンバという町へ行き宿泊した。 ここは2500mくらいであろうか。 ここでもまだなんともなかったので、満腹感に浸ってしまった。 料理がうまいのである。 翌日、マチュピチュ観光へ出かける。 この時から、どうもおかしくなり始めた。 変に寒いのである。 確かに当日は珍しく雨が降っており、本当は暑くなるはずのマチュピチュが寒かったのである。 しかし、それ以上にどうも寒気がする。 電車の移動のときに売りにくるインディオから大きな布を買い、それにくるまったがどうにも 寒さが落ち着かない。(20$ アルパカ) しかし、マチュピチュはペルー観光のメインイベントなので、これを見逃すわけにはいかない。 無理やりにもマチュピチュの観光に成功することができた。 (おきあがりこぼしと呼ばれたのは、このためである) この後、また高山列車にのり、クスコへの戻るのだが、体調はこの時すでに完全におかしくなっていた。 寒気、関節の痛み、食欲不振、頭痛など良いところがないくらい、おかしくなってしまった。 これが、高山病というものだろうか。 確かに息苦しく、体全体に酸素が行き渡っていないような気がする。 クスコのホテルに着くと、もう動きがとれなくなっていた。 このあとクスコでの記憶はない。 クスコ観光は、自粛することにした。(これは日本政府のお達しではない) 1日ホテルで休んでいたら、なんとか動けるようになったので、翌日はプーノへと移動した。 プーノは、標高4000m近いので、富士山の頂上より高いところに町があるようなものだ。 かなり空気が薄く感じる。 階段を1段上るにも息が切れる。 ここでは、ウロス島という葦でできた島に住むインディオの村を訪れた。 じつは、プーノでもここは結構空気が濃い。 それは、葦がせっせと酸素を作ってくれるからだ。 なぜ、彼らがチチカカ湖に葦の島を作って生活しているか分かった気がした。 不思議とこのウロス島を訪れたら体調がよくなってきた。 かれらは、パワースポットをみずから作り出していたのである。 この後、リマに戻った後は、体調が徐々に回復したことは言うまでもない。 結局は、私はしっかり高山病を堪能することができた。 私の場合は、時間をおいてゆっくり発病し、かつ重い病状が出てしまった。 さて、ペルーに興味を持った人はこちら

ペルー観光ガイド1

ペルー観光ガイド2